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有名人チャートのメリットと限界

有名人チャートは扱うなという主張をする本場インドの権威がいる。日本でもそれを見習ってオウム返しに同じことを主張するあるグループもある。だが斯界の権威が言うからと言ってそれを盲信する必要はまったくない。どうしてそうなのかを自らの頭で考え自らの目で確かめて、その上で判断をすればいいことである。

話は変わるがコンサルタントの仕事で教育等をやる場合でも、話題として避けるべきテーマがある。政治スポーツ宗教セックスの話である。なぜ避けるべきかと言うと、講演等でうっかり特定支持政党の話をすると聞いている人の中には自民党支持者から共産党支持者までいるわけだからこれはまずい。スポーツでも大阪あたりに行って「私は巨人ファン」ですなどということこれはまずい(もっとも最近は関西でも巨人ファンはけっこういるが)。でもこれを字義通り盲目的に守る必要はない。要は話題のふり方の問題である。例えばリーダーシップの話をする時、原敬、山本五十六、田中角栄、毛沢東、JFK等のリーダーシップスタイルの分析はマネージメントの研究の上でもかっこうの題材である。スポーツで例えればコーチが選手を育てるプロセスは、その動機づけ、適性の把握と活用、育て方等、管理職を育成するプロセスと本質的に同じである。だから私は、そういう意味で「政治」や「スポーツ」の話は管理者教育の中でよくする。

有名人鑑定もそれと同じで、扱い方次第だと思う。一般的に有名人を軽率に扱ってはいけない理由は、

 生まれた時間が正確であるかどうか分からない

来歴にも必ずしも真実は書かれていない。

 都合の悪い影の部分は明らかにされていない。

等である。確かにそういう傾向はある。通常は芸能マスコミにも仁義があるのだろう。個人の闇の部分には触れない。しかし芸能人の実態はその芸能人が不祥事を起こした時、途端に明らかになる。そういう時にその芸能人のホロスコープを作ってみるとあまりにもピッタリで驚かされる時がある。

しかしそれは一般の人でも同じである特に有名人に限った話ではない。自分の周辺の普通の人だからと言って、その人のすべてのプライバシーを知っているわけではない。又、知られて欲しくない事もあるので、普通はそこまでは話さない。その人が亡くなって通夜の席で、始めて真実を聞く時もある。或いは、鑑定依頼に来た人ですら知られて欲しくない事は必ずしも真実を述べない。浮気不倫等あまり聞こえのよくない相談事などは上手に話を誘導しないと、一方的な情報だけを聞くことになる。

情報化社会の進んだ今日、有名人の言動はむしろ隠しようがなくなっている。芸能人にプライバシーがないなどと言われているが、まったくその通りで気の毒な限りだと思う。不幸な生い立ちの過去やデビュー前の挫折、黒い世界との付き合い、薬物吸引等は確かに闇に隠れている部分だ。しかし芸能人の恋愛結婚出産浮気不倫離婚、子供の成長過程等々は書かれまくっているし、実際に芸能記者が取材尾行等しているわけだから隠しようがない。まさにガラス張りになっている。そういう誰の目からみても明らかな真実を扱う分には、有名人チャートはむしろ的確でメリットがある。逆に、知り合い、友達だから真実を言ってくれるか、何もかも明らかにしてくれるかというとそうとは限らない。有名人の情報の影の部分は報道されないものがあるという前提、一定の限定条件の下でみていけばよい。しかしある部分は実にクリアーでよい勉強になる。だから有名人チャートを扱うことを特に問題視する必要はないと思う。

少なくとも日本の芸能人で生年月日までが嘘というのはあまりない。その俳優の生まれに問題があるか老け役の為あえて年齢を偽った方がいい等の場合は不正確なこともあるだろう。生まれた時間については、確かに慎重に対処した方がいいが、最近の若いタレントの場合は多くの場合かなり正確である。いずれにしてケースバイケースで、自分の頭でよく判断していけばいい話だと思う。

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インド占星術と私の宗教観〜奴隷の思想を排す〜

今日は少し大きなテーマについて書きたい。占術、占星術の勉強をしているとどうしてもこの問題が絡んでくる。私は占術は主にインド占星術を勉強している。そしてインド占星術は根底にヴェーダ思想がある。しかし同時にそこからヴァルナの思想、いわゆるカースト制度の原型が生まれている。カースト制度にはヒンドゥーの立場からはそれなりの主張があるだろうが、私には人間差別とうつる。インド人でも古来よりこの問題に悩み苦しんだ人は多い。だからこそインドの歴史過程の中で、仏教、ジャイナ教、シク教等々ヒンドーゥの輪廻思想を基礎に置きながらもカーストを否定する宗教が生まれたと思う。しかし、貧しく教育もなかったインドの民衆は、例えば仏教の深遠な哲学を理解することなく、結局ヒンドゥー教徒にとどまった。カーストのくびきから脱する為に多くのインド人は外来の宗教であるイスラムに改宗し、今日のインドパキスタンの対立に見られるようにインド社会の亀裂を生んだ。現代にいたるもインドにはヴァルナやジャーティを肯定する差別思想が残り、そこからマルクス曰く「アジア的停滞社会」となった。私はインド内部からヨーロッパのキリスト教のように宗教改革が起こり、ヴェーダの深い哲学を残しながらもカーストを否定し、プロテスタンティズムのような勤勉を重んじる資本主義の精神が生まれていたら、インドはイギリスの植民地などにならなかったと思う。しかし、歴史にif(仮定)は存在しないのでそんなことを言ってもしかたないだろう。

インド占星術の正統を受け継ぐ職業世襲集団はバラモン、いわゆるジョーティシャの家系である。私は彼等の清貧な生き方にある意味感心する。その占星術の技法の高さにも敬意を表する。しかしその思想となると話は別である。等のもつカルマという名の宿命観、神との関わり方の違い称する人間差別観、妙な特権意識、そして商業蔑視、金銭罪悪感に対して大きな抵抗を覚える。それは日本という文化的土壌に生まれ育ち、高度に発達した資本主義社会の中で生活していれば当然のことである。何もインド占星術を学んでいるからと言って、彼等の価値観、経済思想(例。金儲けは悪である)にまで従う必要はない。すべて従うような考え方は奴隷の思想だ。そういう奴隷思想の中からオウム真理教のようなカルトが生まれる精神的土壌がある。まだ日本では消化し切れていないインド占星術の技法があることは分かっている。それらを学びつつも、心は合理主義精神をもつ日本人として独立していようと思う。それが商業主義だ、詐欺師だ、カルマ思想に反するなどというくだらない批判を受けつける気持ちはない。明治日本は欧米の進んだ技術を学びながらも、神道、儒教、仏教、武士道の精神を保とうとした。これを「和魂洋才」と名付ける。日本の生き方は歴史を大局的に見てまちがっていない。ならばあえて私は言う。インド占星術を学びながらも、プロテスタンティズムの資本主義精神を尊重する「和魂印才」でいこうと思う。多分それは日本のインド占星術学習者の中では少数派、反主流になると思うがいっこうにかまわない。なぜなら、一般社会全体で考えれば、私の考えの方がまともだと思うからだ。占いと科学の問題は触れられなかったが、これは又の機会に書きたいと思う。

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「インド占星術入門」&「実践インド占星術」について
~3年前に出版した拙著を改めて謙虚に冷静に見直してみた。

 インド占星術入門

インド占星術入門.jpg

始めてインド占星術を学ぶ人向けに書いたもので、浅くてもまずは全体の体系を学べることを中心の内容とした。あくまで日本人が日本で独習できるレベルとした。入門レベルはインドで求めるものと、日本で求めるものとは違っていいはずだ。このレベルでも日本の占術愛好者からは難しくてよくわからないという話はよく聞くが、これ以上はやさしく書けない。学習の進んだ人にとっては物足りないだろうが、入門段階でジャイミニ、プラシュナ、マンデーンに触れる必要はないと思う。パラーシャラ系のネイタルチャートを読むための基本知識のみを書いた。現在ではネットを丹念に見ればみな書いてある内容であるが、コンパクトで見やすい形にまとめた基礎本は必要であると思う。
 
 実践インド占星術

実践インド占星術

インド占星術入門の範囲の知識を用いて、実際の見方はどうするかを中心に書いた。インドの占星術学校等で学んだ人の目から見れば、そのリーディングは初歩的で浅く薄いレベルかもしれない。しかし、実際はこのレベルすら分らない人が圧倒的に多い。PACによるテクニカル分析は分かってもその次の段階に進めない。基本的知識を如何にリーディングに応用していくかのスキルのポイントが分らない人が圧倒的に多いので(そういうスキルが身についている人は本書は不要である)、そこに焦点を絞ったつもりである。
反省点としては、
  1. 急いで書いたので誤字脱字の多い点がある。編集段階でもう少し時間をかけるべきだった。この点は説話社のHPで気がついた箇所はすべて修正版を載せている
     
  2.  データの出所、選択したチャートのチェック、及び分割図の取扱いは、今現在振り返るともう少しチャートの正確性と厳密さをもって扱うべきであったと思う。今後の課題としたい。
     
  3. プラシュナ、マンデーン、ムフルタ等は紹介レベルで書いたもので、それ以上のものではない。しかし現段階で見直すと全く触れないか、もう少し詳しく書くべきだったかな思う。この分野もこれからの課題だ

修正すべき点、改善すべき点は、今後の出版物で軌道修正をかけていくつもりである。始めから完全主義を狙うつもりはない。拙著は更なる高度の知識を求めて原典を直接読むような人にとっては必ずしも満足しないと思うし、もともと拙著の読者対象ではない。しかし物事のニーズは多種多様でそのレベルや内容はさまざまである。特定の差別化した読者対象にあわせた本があってもいいと思う。

そういう意味で絶対に納得できない点もいくつかある。


1  完全でないからといって全否定するような妙な高い目線からの書評がある。でもだから「書くな」という意見は極論である。異端審問官気取りで、「ラオの六つの原則」を厳密に適用したら、書評を書いている本人自身すら問題だらけである。こうした硬直性は思考の自由度を縛るものでかえって弊害が大きい、

2  書評というより特定グループが徒党を組んで、ある意図をもっての個人攻撃ではないかと疑うようなコメントがある。それも事実に基づかない思い込みや偏った価値観からの誹謗中傷が殆どである。今のところは静かだが、それが再び起こるなら今度は法的対処をするつもりだ。

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占星術の勉強を通じて確認したこと(1)
インド占星術をいろいろ勉強してきて思うことがある。私は「占星術はサーダナ(精神的修行)である」などというつもりはない。まず謙虚に考えてそこまでの境地、水準に達していない。サーダナなどと大げさなことを言うより、占星術を勉強したり鑑定したりすることが面白いし好きだからやっているだけである。又、占星術だけに生涯を捧げるつもりもない。人生は占星術以外にやるべきこと、学ぶべきこと、楽しむことはいくらでもあるので、特に精神修行だ、悟りへの道だなどという気はない。或いはそうした占星術以外の人生全般に真摯に取り組むことも、修行に通じると思う。占星術は楽しく勉強すればよい。知的訓練としては最適だろう

それでも占星術を勉強していて「なるほど」と感じることは多い。いろいろな人のホロスコープを見ていると、人生はいろいろだなとつくづく思う。普通、事例研究に挙げられる事例は、大成功した「有名人チャート」か犯罪者、自殺者のような「社会的落伍者のチャート」か極端な場合が多い。そういう事例の方が面白いし、極端な形で出るので占星術の勉強になる。しかし、実際は95%以上の人は、平凡な人生を送り生涯を閉じる。そういう普通人のホロスコープをみるとこれまたいろいろ勉強になる。実に味わい深い諸々の人生を知ることができる。

人はホロスコープが示す通りの人生を確かに送る。それほど占星術を極めたレベルにいかなくても、少し勉強していけば生まれた基本的なことは分かる。成功の有無、生まれた家庭、職業の選択、結婚の時期、健康状態、人生の岐路や変化の時期等々実に正直に語ることが確認できる。そういう意味では「占星術は占いというより人生の道標」なんだなつくづく思う。じゃあそれはなぜなのかということになると、これがヴェーダ思想、仏教、インド占星術が説く「カルマ」ということになる。

ホロスコープ通りの人生を歩むということになると、それでは人生は生まれながらに決まっているのかという話がでる。私は基本的には決まっていると考える。努力すれば運は開けるとある人は言う。しかし努力できる人かどうかは、ホロスコープを見ればわかる。自分自身を変えたい、高い精神的レベルに成長したいという人もいる。しかしこの世でそれが実現できる機根をもっている人かどうかもホロスコープをみれば分かる。もう3回位生まれ変わって(転生輪廻が本当だとすれば)、修行しないと無理じゃないのと思う人は多い。

それでも、ダシャーの変化のような人生の節目節目でよく勉強しよく努力しよく忍耐する人は、人生は少しづつ改善する。その時の星の示す勢いにうまく乗っかって身を処する人は、決まったカルマではあるが、その限界の中で最善の生き方ができる。それも事実だと思う。それは今までの鑑定経験や勉強の中で少なからず確認できた。占星術師の役割とは、予言するというよりその人のカルマの範囲の中での最善、最適な生き方を指摘してあげる事ではないかと思う。神秘的な予言や妙な開運法などいらない。人生の改善方向へのアドバイスを間違えないためにこそ、占星術の勉強をするべきだと思う。占星術師はここにこそ努力を集中すべきだろう

その点で妙な誤解がある。はたからはどう見えるか知らないが、本を書いているから、学校で教えているからといって、特に自分をプロモートしているつもりはない。そうしたからと言って特に利益を得ているわけでもない。宝石、方位、マスコミ露出などしたこともない。日本の社会通念或いは占術業界の常識に沿って行動しているだけである。そもそも自分をプロモートするのが目的なら、占術だの占星術だのという分野は選ばない。占い師の社会的地位は低いし、占いで金儲けをするには鑑定料だけでは無理である。それこそ宝石、墓石、壷売りでもしない限り不可能だ。

それから、これは個人的見解であるが、いわゆる「人工的な運命改善法など基本的に不要 と思う。宝石研究は私が占星術研究を始めた当初に勉強したことがあるし教えたりアドバイスしたこともある。それにもいろいろな出方があって検証するとなかなか面白い。それが短期的に運命改善に有効であることも認める。しかし、今はやっていない。なぜなら宝石、方位、風水、ヤントラ等で一時的に開運したとしても、それでカルマは消えることはないからである。それはあくまでカルマ発現の先送りにすぎない。時期がくれば新たなカルマを積んでまたやってくる。そこをよく考えた方がよい。

瞑想は真剣にやれば精神修行として有効なことはいうまでもない。不十分ながら私も時々やる。しかし、瞑想修行の中でのマントラ、真言もそれこそサーダナの為にやるもので、開運そのものを目的とするのは邪道だろう。瞑想や方位で開運したという人のホロスコープをみてみると、たまたまダシャーの開運期に当たることが多いことを確認している。開運方法ではなくいつの時期に開運するのかをアドバイスすべきだろう。真剣な修行をすれば若干のカルマ改善はあるだろう。しかしそれは結果にすぎない。拓日(ムフルタ)による開運法も確かに有効なのだが、基本的によきホロスコープ、よいダシャーの時期と一致しないとなかなか選べないことも事実である。つまり生まれながらにそういうカルマをもっていないと使えないのである。金融占星術にしてもそれは同じで、投資運をもっていない人は、金融占星術を用いても最終的には損失をもたらすだけだろう

 択日、方位、風水等を否定しているわけではない。インド占星術的に言えば、宝石、ルドラクシャ、マントラ、ムフルタ、パンチャンガ、ワシュトゥもそれは同様である。それらにカルマの範囲内での一定の運命改善効果がある事は認める。ここで言いたいことはそれに頼る前に、まず自らの正しい生活態度、生き方でカルマ緩和を図る生き方をすることが優先するということである。そちらが本質である。
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占星術はこれからの方が発達する
占星術は現段階で科学ではないし、将来も科学ではあり得ないだろう。部分的な統計処理位なら可能かもしれないが、単に再現率が高いだけでは科学にはなりえない。惑星の運行が人間の性格に多少の影響を与えることくらいは科学的に証明できるだろう。他の占いの例で言えば、手相の主要線がなぜ刻まれるのか、それがなぜ人の性格・気質を示すのかは医学・生理学的にかなり分かっている。しかし惑星の運行がなぜに人間の運命に決定的な影響を与えるのかの因果関係を解明することはできない。それこそ人智をもっては不可能である。

それでも私は占星術はこれから進歩すると思う。科学でありえなくても当たる精度を高めることは十分にできる。占星術は過去を踏襲するだけの完成形ではない。例えば、惑星間のアスペクトはインド占星術ではハウス間でみるし、西洋占星術では惑星の位置間のアスペクトでみる。しかし、いずれにしても惑星間のオーブが狭い方が強い影響力をもつ。そうだとするとその前提として、惑星の天体の位置の精度が問題となる。現代の天体観測技術は古代、中世とは比較にならない位進んでいるので、占星術も精密になっている。

私も古典研究の重要性は疑わない。占星術はまず古典研究をその端緒とすべきと思う。だが古代の天文観測技術は稚拙であり、古典の中のホロスコープ事例にはしばしば間違った惑星配置が書かれていて、それをもとに強引な解釈や法則化が行われている事を時々みかける。また秘伝になっているのかもしれないが、具体的な事例紹介は殆どない。そういう意味では古典を神聖視し鵜呑みにするのは危険だと思う。

古典占星術やインドの古典を読むと、よく「蝕」のことが書かれている。それこそ天体観測技術が未熟であった時代においては、太陽、月の位置は最も確かなものであっただろう。だから「蝕」をよくマンデーンで用いている。現代においても「蝕」が大きな影響力をもつことに変わりはないが、天体の位置関係が正確になってから、それ以外の惑星も判断に加わるようになった。太陽が牡羊座にイングレスする時刻と位置がより正確にとらえられるようになったからこそ、マンデーンにおける春分図の重要性が認識されるようになった言えるだろう。

西洋占星術における「マイクロゾディアック」も天体観測が進んでこそ可能なった。古代よりあるインド占星術における「分割図」もラーシチャートの精度が進めば、さらにいろいろな予測が可能になるだろう。こういう従来の伝統にとらわれないが精度の高い占星術の発達は十分にあり得る。

占星術は基本的にあくまで予測を中心としたものである。予測ができないから心理的なものに走るとしたらこれはちょっと首を傾げる。もし占星術をカウンセリングの応用分野にしたとしても、ユングのような大学アカデミズムで相手にされていないオカルトまがいの疑似心理学では信頼に値しない。(神秘現象は占いや占星術とは別に扱うべきである)新しいタイプの占星術の誕生は構わないし科学である必要はないが、少なくとも科学技術の進歩を取り入れたものであって欲しい。脳科学、認知心理学、行動科学、精神医学の進歩を取り入れてこそ、始めて信頼に足る占星カウンセリングが可能になると思う。

そういう意味においては占星術はの進歩はむしろこれからだと思う。たとえ科学的に証明されなくても進歩は可能である。
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インド占星術のフリーソフト
インド占星術に関して、インドに比べて日本が優位に立てるものの一つは、一般大衆へのコンピューターの普及率が高いことだろう。これはある意味ではデメリットにもなる。しかし、とかく難解で敷居が高いと思われているインド占星術が少しでも取り組みやすいものにするには、まずは使い勝手のよいインド占星術のフリーソフトがあることが一番である。

もし、ホロスコープの作成手順、分割図の計算方法、アシュタカヴァルガの出し方などを最初に教えたらまず90%以上の人は拒絶反応を示すだろう。そんな数字に弱い輩はインド占星術を学ぶ資格がない、というのがラオスクールの立場のようで、最初から厳しく鍛えられるらしい。しかし、日本でそんなやり方をしたら、「そして、誰もいなくなった」という結果になるだろう。残念ながらそれが現状のレベルだ。そういう意味では、日本のインド占星術を高めるか広げるかの議論ではなく、高めることも広げることも両方同時にやる必要がある。

フリーソフトで一番使いやすいのはジュニアジョーティシュだと思うので初心者にはよく紹介するのだが、それとても使い勝手のいいものではないようだ。最大の壁は言語にある。つまり英語が読めない人がけっこういるのだ。

そもそもここにURLを貼り付けても英語の読めない人は、ダウンロードのしかたそのもので右往左往する。これは私が占術スクールカイロンその他で教えていてしばしば経験することだ。一応、書籍や使用テキストにはダウンロードのしかた、入力のしかた、データの扱い方等書いてあるのだがそれでもわからない人がいる。「フリーソフトの使い方」というテーマだけで、一日講義時間をもった方がいいかなと最近考えているほどだ。
      http://www.jyotishtools.com/

ジャガナータホーラも私自身は好きなのだが、マニア向きで初心者、初級者にはとてもいろいろの機能を使いこなせないだろう。ただラーシチャート、ナヴァムシャ、アシュタカヴァルガ、ヴィムショッタリダシャーに割り切って限定的に使えば非常によい。このソフトは緯度経度の柔軟性がありマンデーンも使えるので、ジュニアジョーティシュよりずっと幅広くかつ安定的に使えると思う。だが、ここでも英語の壁がある。
      http://www.vedicastrologer.org/jh/

今更、高校卒業以来、英語から離れている人に英語を勉強しろと言っても大変なので、せめて占星術でよく使う英語のキーワードの意味とスペルだけは覚えて欲しい。例えば、緯度latitude、経度longitude、時間time、場所place,誕生時間time of birth 等々いくつかよく使用する単語だけでよい。

それからフリーソフトは誕生日に対する緯度latitude、経度longitude、時差time differenceの対応が柔軟にできていないので手入力しなければならないことが多い。そんな時、世界主要都市の時差がどのくらいかを簡単に見られるwebを知っておくと便利である。

World's Time/世界の時間時差http://www.w-time.com/

緯度経度については日本の代表的な都市の緯度経度をメモしていつでもみられるようにしておくとよい。

札 幌 43N03 141E21
東 京 35N04 139E34
名古屋 35N06 136E59
大 阪 34N33 135E29
福 岡 33N34 130E24

それから東京の経度が139E34と書いている場合、は六十進法を用いている。つまり60分で1度になる。この計算方法も心得ていたほうがよい。

こう書いていくと確かに始めての人が占星術のフリーソフトを使うのは大変だなと思う。西洋占星術の日本語のフリーソフトならいくらでもあるのだが、インド占星術の日本語のフリーソフトは、今現在は残念ながら存在しないのだ。普及度の差なのだろう。
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よいホロスコープとはどのようなものか
占星術師がホロスコープをみて良い悪いと言う時、何を根拠に言うのであろうか。そもそも良いとはどういう意味だろう。一般的には人生において成功と言われる要素、具体的には地位、名誉、権力、財産、健康、よき配偶者や子供、良き友人や人間関係を得られる時をさす。だがインド占星術は転生輪廻や解脱へのプロセスを重視しているので、必ずしもそれだけで吉凶は語らない。精神的充実やカルマを消滅させる徳のある行いや解脱への道筋を歩むこともまたよしとしている。こういう人生を歩む場合は必ずしも世俗的成功は望めない。

誰のなんという表題の詩なのか忘れてしまったが、ドイツのある詩人(多分、ヘルダーリンだと思うが)の一編をいまなお鮮明に覚えている。その詩が言いたいことは以下のような内容主旨である。

”王者の棺と詩人の棺がここにある。王の棺は豪華絢爛であり、彼はこの世では繁栄を謳歌した。だが彼の存在はいま誰の記憶にもない。ただ朽ち果てた肉体が残っているだけだ。彼のそばに詩人が眠る粗末な棺がある。彼は貧しい報われない生涯を送った。だが、彼の残した珠玉の言葉は、今なお人々の心をとらえてやまない。彼の名声は永遠に生きている。”

なるほどと思う。この詩は物資的成功と精神的価値との相対化が見事に表現されている。どちらをよしとするかは、その人の価値観、生き方により違うだろう。大多数の人はそのどちらにもなれない中途半端な一生をおくる。いつか私が書いた身の丈人生を歩もう!(2009.06.17 Wednesday)ではないが、それでもよしとしなければならないだろう。宮沢賢治の「雨にも負けず」を気取るわけではないが、丈夫で他人に迷惑をかけなければそれでよい。

ところで、私が鑑定でよく見る一般人のチャートと、いわゆる有名人のチャートとは明らかにちがいある。その人が人生全体に与えられたエネルギーの総量は、成功者も平凡な人生を送っている人も変わりはない。ただそのエネルギーの使い方が効率的か無駄な使い方をしているかの差があるだけである。

よいチャートの条件
よいホロスコープの一例

このホロスコープは特定個人のものではない。占星術で言う世俗的成功をしやすい人のホロスコープのあるパターンである。たとえば

1 第一ハウスがよい(そもそもの先天運がよい)
2 吉星がケンドラハウスに入っている(保護の力が働く)
3 凶星がウパチャヤに在住している(逆境に耐える力がある)
4 ケマドルマ、ムリュチュバーギャ、ガンダータがない
5 これらの惑星が組み合わさって、品位の高いヨガを作ってい
  る。
6 ナヴァムシャチャートもこれと同様の条件を備えている

大体このような条件が満足できればよいホロスコープと言える。所がたったこれだけの条件でもすべて満足する人は滅多にいない。つまり世の中の成功者はそうはいないということである。それが現実である。上記のホロスコープもこの6条件をすべて満たしてはいない。だがそれでも基本的によいホロスコープに属する。こういう言う人達は運と言う名のエネルギーの使い方が効率的なのである。成功者と平凡人の間に総合的全人格的な意味での能力差はない。違いは、ある一点において際立って力強い要素があるかどうかである。これが成功の秘訣である。これを自覚する方がつまらない成功哲学を学ぶよりよほど役にたつと思う。

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西洋占星術の知識はインド占星術の学習に有利な条件か?
インド占星術を新しく学習する人達から、西洋占星術を知っていた方が有利かという質問をよく受ける。答えはイエスでもありノーでもある。なぜなら私がインド占星術を教えた人達の中の何割かは、インド占星術のリーディング能力がそれなりに伸びている人達がいる。そういう人達をみていると、西洋占星術を知っているかいないかは無関係である。中には西洋占星術に詳しい人もいればまったく知らない人もいる。

西洋占星術の学習者であれば、サイン記号や惑星記号を改めて覚えなくてすむ。サイン、惑星、ハウスの象意も半分くらいは同じなので、この点は始めのうちは有利であろう。占星術そのものが始めての人は、この記号に慣れること、基本象意を理解するのに、最初は苦労する。

西洋占星術を体系的にきちっと勉強しよく理解している人は、もちろん有利な条件となる。天体の位置関係、惑星とハウスの関係や象意の変化等の段階ではもちろん理解は早い。しかし、インド占星術ではアスペクトは惑星間ではなくハウス間でする。それから分割図とかヨガとかダシャーとかの概念は西洋占星術にはない。だから、コンビネーション、アスペクト、ヨガ、ダシャー等々の学習段階に入ると、西洋占星術の知識の有無は関係なくなる。

西洋占星術でもpredictiveな占星術を学んだ人達は、インド占星術の論理的思考に馴染めると思うが、pychologicalな占星術しか学んでいない人達はきっと戸惑いを覚えるだろう。西洋の古典、それもホーラリーだけでなくネイタルも学んだ人達なら、インド占星術を身近なものと感じることができると思う。

あやふやに中途半端に西洋占星術を勉強した人にとって、それは必ずしも有利な学習条件とはならない。このタイプの人達は、いくら繰り返し説明しても西洋占星術とインド占星術の違いを理解できない。或いは、はなから似たようなもんだと思い込んでいるので、理解しようとしないのかもしれなしない。インドと西洋のいろいろな概念が混同してしまうらしい。例えば、トロピカル方式とサイデリアル方式の区別がいつまでたっても理解できない人がいる。先日も、6月21日現在、土星は今獅子座の22度にあると言ったら、「違います。今、土星は乙女座の16度にあります」と頑強に主張する人がいた。「それはトロピカル方式の場合でしょ」と私が言ったらやっと気がついたらしい。

ある時、トランジットの説明をしたら、「インド占星術にトランジットがあるんですか」と質問してきた人がいる。或いは、「インド占星術にホーラリーがあるんですか」と質問した人もいる。あるに決まっている。そもそも占星術は星の運行によって吉凶を見ていく占いである、インドであろうと西洋であろうと「トランジット」「ホラリー」の概念がないわけがない。こんな質問をする人は、西洋占星術そのものがまずわかっていない。このタイプの人は、自分の頭の中でよく整理されていないあやふやな西洋占星術の概念に固執するので、非常に教えにくい。あやふやな知識の上に更にインド占星術の概念を詰め込むので、きっと頭の中でパニックを起こすのだろう。だから、中途半端に西洋占星術を学ぶくらいなら、何も知らない方がいいと、私はいつも言っている。そういう人の方がむしろすっきり、すんなりとインド占星術に入っていける。

それから、インドというと何か神秘的なものというイメージをもって、感覚的な占いと勘違いしてくる人達も困りものである。このブログで何度も説明しているように、インド占星術は極めて論理的で数学的な体系をもつ占術である。インド占星術は数字をベースとして論理を追っていけば、それなりの結論が出るしくみになっている。リーディングに際して必要なのは、こうした論理的思考能力である。直観や霊感とは無縁の占いである。だから、妙に感覚を働かせる占術に慣れてしまった人達にとって、パズルを追っていくようなインド占星術のリーディングの進め方はとても難解でついてこれなくなるようだ。

思い込みで学習を始めると言う点では、インド占星術を独学で勉強して壁にぶつかって習いに来る人達にも、ある種の弱点はみられる。技法マニアが多いという点である。技法そのものは知っていてもその技法を実際にどうあてはめていいかまったく知らない。或いは、あまたある技法の内、重要なものとそうでないものとの区別、つまり技法の優先順位を知らない点だ。だが、このことを自覚して学習をするなら問題はない。しかし、それを自覚しない人達は、理論倒れから抜け出せないままになる。

私の教育経験では、インド占星術を勉強して伸びがいいのは、意外にも四柱推命や奇門遁甲命理を始めとする命理系の中国系占術を5年以上かけてじっくり勉強してきた人達である。インド占星術と命理系占術には体系上の共通点は何もない。だが、話を聞いてみると、占いに対するスタンスや技法の適用のしかた等には意外と共通する面がある。体系は違っても占星術と命理系占術の間には、共通する何かがあるようだ。こういう人達がインド占星術を勉強すると、実に理解が早い。四柱推命はきちっとした体系をもつ占術なので、そういう思考パターンに慣れた人達は、インド占星術の論理的思考にも早く馴染むことができるのだろう。          



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インド占星術と西洋占星術の違い(3)

西洋占星術の愛好者の中に、インド占星術は西洋占星術と同じか単なる亜流と思い込んでいる人がかなり多いようである。だからここでその違いを改めて説明したい。インド占星術は、もともと「ナクシャトラ」(月の星宿)と呼ばれるインド固有の占いと、アレクサンダー大王の東方征服に伴ってもたらされたギリシャ占星術が時間をかけて融合してできあがった。インド占星術は仏教・ヒンズー教的思想的背景をもつ西洋占星術とは違う独自で固有の占星術である。

インド占星術と西洋占星術の最も重要な違いは、サイデリアル方式とトロピカル方式の違いである。ヒッパルコスによって発見された地球の歳差運動により、春分点は72年に1度程度移動する。インド占星術では、十二宮などの占星座標は、天球上の恒星に対して固定されたいわゆるサイデリアル方式に基づくのに対して、西洋占星術では春分点を白羊宮0度とするトロピカル方式を用いる。このためインド占星術と西洋占星術とでは、アセンダントの位置が違う。2001年1月1日のインド政府公認のラヒリーの計算では、23度51分のズレがある。サイデリアル方式を用いる為、インド占星術はサインとハウスのずれのないホールサインシステムを用いる。それ故、インド占星術ではハウスシステムがとてもよく機能する。

次にインド占星術と西洋占星術とでは使用する惑星がちがう。インド占星術ではいわゆるトランスサタニアン(外惑星)は用いない。そのような意味ではインド占星術は、むしろ西洋古典占星術に似ている。惑星の高揚減衰等の働きを重視する点、アスペクトはハウス単位で見ていく点等西洋の古典占星術に近い。既述のようにインド占星術はギリシャの古典占星術の伝統を忠実に守っているので、西洋の古典占星術と共通する点が多いのは当たり前であろう。従って、インド占星術では心理的なものより吉凶の結果をズバリみていく技法が中心となっている。

ラーフとケートゥという架空天体を重視するのもインド占星術の特徴である。ラーフは黄道と白道の交点の昇交点であり、ケートゥは降交点になる。これが後に西洋占星術に輸出され、ラーフはドラゴン・ヘッド、ケートゥはドラゴン・テールと呼ばれるようになる月の働きを重視するのもインド占星術の特徴である。第一室として計算されるのはアセンダントだけでなく、太陽も月も第一室として計算される事がある。インド占星術では「自我」は多面的に存在すると考える。社会的自我としての太陽、精神的自我としての月を区別して扱う。この為、インド占星術は恋愛、結婚、相性等の鑑定には高い的中率を誇るのである。

更にこれらの問題に対する開運方法も実に豊富に備えている。ムフルタと呼ばれる「日取り選択」の技法が発達しているのもインド占星術の特徴の一つである。しかしながら、ヴァシュツと呼ばれるインド風水には「択日」や「静的風水」の考え方はあっても動的な「方位術」としての考え方はないようである。

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インド占星術と西洋占星術の比較(2)
インド占星術の講義をしていると、私がインド占星術の的中率の高さを強調するものだから受講生から「それでは西洋占星術は当たらないのですか」という質問をよく受ける。一方、西洋占星術の学習者からは「インド占星術は本当に当たるのですか」という質問を受ける。当たるか当たらないかという質問に答えるとなると、結論を言えば「正しい技法で正しく分析するならどちらも当たります」という事になる。

3年後の運勢はどうか? という質問に対して、インド占星術のヴィムショッタリダシャー、アシュタカバルガ、ヨーギニー、ジャイミニ等を総合してみてよい運勢と判断したとする。同じ時期を西洋占星術のプログレス、トランッジト、ハーフサムで追ってみるとやはりよい運勢と出る。これは不思議な位一致する。

但し、その当たり方というか両方の占星術の視点はかなり違うと思う。インド占星術は心理的プロセスをあまり問題にしない。強弱、吉凶、成否と具体的な内容をズバリと出す。ズバリと吉凶を指摘するからと言って、おみくじのように当てずっぽう的に結論を出す訳ではない。惑星の支配と在住、高揚減衰のような強弱、バンガの有無、アスペクトの有無と内容、ヨガの形成の有無とその吉凶、アシュタカバルガの状態等々緻密に調べ上げて結論を出すのである。それを数量化して吉凶の度合いを出していく。あるものは吉、しかしこちらでは凶と詰碁、連珠、オセロゲームの如く吉と凶が交互にせめぎあいながら結論を出していく。

一方、西洋占星術の方は心理的プロセスを大事にする。その時々の勢いの強さはプログレスやトランジットで示されるが、インド占星術の「ダシャー」のような中長期的運命サイクル示すモノサシは存在しない。しかし、中長期的な動きは細かく調べれば見ていく事はできる。太陽、金星のようなベネフィックのアスペクトが強いのか、土星、海王星のようなマレフィックのアスペクトが強いのか、そのオーブは狭いのか広いのか、それはハードアスペクトなのかソフトアスペクトなのか、プログレスやトランジットの変化を時系列で追っていくとどうなるのか、その時ハーフサムによる環境整備が整っているのか等々、バランスをとって総合的に見ていくと、インド占星術と同じような結論が出る。

だが、そこまで結論を持っていくにはチャートを何枚も作成して時間をかけて分析する必要がある。出てくる結論も今一つ曖昧な所がある。曖昧というより西洋占星術にはカルマ的な思想はないので、人間の後天的努力の可能性をより信じているように思う。だから断言的な言い方は避けるのだろう。しかし、インド占星術では人間の運命は生まれついてのカルマでかなり決定付けらていると考えるので(もちろん100%宿命とは考えない)、はっきりとした結論を出す。チャートの分析にしてもより効率的にそして具体的に運命の強弱、成否を結論付けられるように思う。
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