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水野南北の「食による開運法」
江戸時代の人相学者、水野南北の「南北相法修身録」の中の言葉は、食の節制による開運法としてつとに有名である。

人相画像
      人相図

以下に、水野南北の言葉を直接引用する。
『この数年間、私の会得した飲食の節制法を多くの人に教えて、それを実践した人の例みると、一年先に大難の相があっても厳重に実践した人は必ずその難を逃れている。それどころか、その頃にかえって思いがけない吉事が来る人が多い。あるいは生涯貧窮の相がある人でも、相応に裕福となって人に知られる程の者になった者も多い。また数年来病身で、きわめて短命の相がでていた者も 今は心身健やかである。およそこのような実例は、枚挙にいとまがないほどである』

我々はここからどのような教訓をくみ取ればいいだろう。人間にとって最大の欲望は食欲である。その食欲をコントロールを長期にわたって実践することは至難である。ここに実に分かりやすい、しかし実践困難な開運法がある。古今東西の聖賢も、欲望をもつなとは言っていないと思う。少欲、足るを知ることを説いているだけである。過剰な欲望は自分及び他人を不幸にする。国家間及び個人間の争いは「過剰な欲望」の実現から起こる。

インド占星術でよくマントラ修行を説くけれども、心のコントロール、欲望や怠惰やよこしまな心の制御という意味では、本質的に同じだ。我等は「少欲」で生きる時、心が安定し気持ちに余裕ができる。集中力が出て知恵もはたらく。そんな時は他人に対する思いやりの気持ちも出てくる。そのことが徳となり最終的に自分にかえってくることになる。それがこの世で生きている時に起こる人もいれば、来世か来来世で起こる人もいるだろう。
 
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運命の総量と配分
占星術や四柱推命等の命術は、「宿命」や「カルマ」に基づく占術である。これに対して、気学、家相、姓名判断、方位、択日、風水、奇門遁甲(卜術でもあるが)等は「開運術」である。人間の宿命をどこまで打破できるかの試みである。そういう意味では、命理系占術と開運系占術とは矛盾しているように思われる。しかし、実際にはどのような開運術といえども宿命を越えての開運とありえない。
人間のもって生まれた運命の総量は決まっている。開運術というのは、その総量を先食いするか、弱いある部分を一時的に補強するためにその配分を変えることに他ならない。それがうまくいくためには、タイミングや運命の総量の配分を少し変える技術が必要になる。世にいう開運術とはそのような性質のものである。結論から言えば、自己の実力に会った「身の丈人生」が一番良い。人は自分の実力に見合った立場にいる時が一番幸せで、それ以上かそれ以下である時苦痛を感じるものである。
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運命の人為的開拓についての一考察
宿命論をとくインド占星術でもサンチッタカルマといって自由意思による運命の開拓の余地をある程度は認めている。それではそれはどの程度のものなのかというと、具体的な定義はない。殆ど術者の考えによるだろう。すべてカルマ、宿命で決まっていると考える人もいなければ、自己開発に重点を置く人でも「人間の運命はすべて本人の努力次第でそこには運命だの先天的才能など存在しない」と考える人はいないだろう。要はその程度はどのくらいかの問題なのだ。

命理系占術では開運系の占いについては、それが有効であることは認めても「命理の範囲内の開運」であると主張する。又、気学、奇門遁甲、風水系の占い師でも普通はその限界を認めている。運動能力のない人にいくら開運法の秘伝を適用しても、オリンピックに選ばれることはない。結婚運のない人がそれほど不幸ではない結婚までもってくることはできるかもしれないが、玉の輿やイケメン、美女、エリートとの結婚など期待できない。時期、方位、自然環境等の善用により人間の心身のバランスがよく整う条件が揃う時、その人のもっている潜在能力をかなりの程度発揮し一時的に強運になる場合がある。しかし、それは人間の先天運や宿命を大きく越えるようなものではない。あくまで「ほんの少しの一時的能力アップ或いは宿命の発現停止が起こるに過ぎないと思う。

しかし、考えてみれば人の成功は多くの場合僅かな「微差」によることが多い。合格基準が80点であれば79点でも不合格である。試合で1対0でも勝ちは勝ちである。電車や飛行機に乗り遅れたおかげで事故から免れたという話も少なからず聞く。微差とはいうがその微差による運命の違いは大きい。だから運命、能力の差を時期、方位、宝石等の人為的操作によってなんとかしたいという気持ちも分からないわけではない。しかしそれは運命や宿命そのものを変えるものではない。その発現を少し遅らせるだけだ。人為的操作による幸福はある事を得る代わりに別のある事を失うことによって得られるのが原則である。またその効果が切れた後で必ずツケが回ってくるものである。それまでになによりも徳を積む行為を忘れてはいけないだろう。
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小さな運気の流れのきっかけをつかむ
占星術や四柱推命等の命理系占術をやっていると運命について「なるほどね」と思うことによくぶつかる。ホロスコープはたいしたことないのに成功している人がいる。或いはその逆に素晴らしいホロスコープや命式をしているのにあまり成功していない人もみかける。なぜなのかその理由をさぐると、要は人生における重要事を行うタイミングにあるようだ。

どうみても芸能人として成功するとは思われないのにそれなりにやっている人がいる。その人の過去を調べてみると面白い事が分かる。芸能界入りした時が、占星術的に非常によいタイミングなのだ。西洋占星術で言えばプログレッション、トランジット、トランジットハーフサムが非常に良い時になっている。インド占星術で言えばダシャーが、四柱推命で言えば大運、流年が非常によい。

そういうところから「択日法」「エレクション」「ムフルタ」等々、いろいろな「日取り」による開運法が生まれる。これはあながち根拠がないわけではない。うまく使えるものなら活用するとよい。ただ簡単に使いこなせるものではない。これはエレクションの使い方が複雑だから難しい占術スキルの習得が必要だということではない。やはり命理を越えた使い方と言うのは実際上殆ど不可能だ。

結婚運の悪い人がよい結婚式の日取りをしょうとして鑑定依頼に来る時があるが、もうすでに時機を逃していて、次のよいタイミングは4年先ということがある。転職の時期についてもそれは同じだ。ということは、ある行動を起こす時のタイミングのよさというのも実は先天運に支えられている考えてもよい。

ただ私の経験上から言うと、宿命とかカルマへの挑戦というような大きなことでなく、小事でも人生の方向性を変えるかみしれないイベントには積極的に活用してみるといいだろう。スポーツイベント、コンクール、コンテスト、試験、面接日、病院選び等で、日取り選択が可能な状況なら、その人の運気や努力の程度の範囲内で(努力しない人はやはり駄目であるが)、それなりの小成功は収めると思う。
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占術活用法(1)運命学や占星術は転ばぬ先の杖である
なんとなく因今がついているなとか、ついていないなと感じる時がある。我々は運命学や占星術という転ばぬ先の杖をもっていないと、その運やつきは感受性を鋭くして感じ取るしかない。しかし、運命学や占星術を生活の武器としてもっていると、今がついている時かいない時か明らかに分かる。

運を人為的に操作することはできない。多少の操作は可能かもしれないが、必ず後でそのつけは回ってくる。しかし、運命学や占星術を学ぶことにより「運の流れ」に乗ることはできる。運気の強さを2倍にしたり、悪い運気の時にこれをよくすることはできない。しかし、持てる運を最大限に生かし切ることはできる。不運を最小限に食い止めることはできる。

私が鑑定相談をしてよく感じることは、よいホロスコープの持ち主、即ち「運気の強い人」は実はこの運の盛衰にうまく乗ることが上手な人という気がする。逆に弱いホロスコープの持ち主、即ち「運の悪い人」は運の盛衰のサイクルにあえて逆らうことをやる人に多い。

その精神的原因は、「我執」と「過信」にある。更にそうなる根本原因は自分自身の運と力量を知らないこと、そこからくる判断力の欠如にある。自己の欲望の上手なコントロールがきかない人、進むべき時に進み退くべく時に退くを知らない人、我慢するべき時に我慢できない人、これらの人々に運命をコントロールすることはできない。こうした人生態度があって始めて占術を開運に活用することができる。甘えや棚ボタに頼る生き方は迷信である。
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自然な開運法(3)〜兵法を人生にも生かす〜
 兵法といってもいろいろあるが、なんといっても「孫子の兵法」が有名だ。この孫子の兵法の中で有名な言葉は、人生の開運法や苦境の時の対処法にそのまま応用できる。孫子の兵法謀攻篇に有名な言葉がある。「彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず」がそれである。自軍の実力、強み、弱みを知り、敵軍のそれを知り、よく比較してどこを攻めるべきか、どこで退くべきかよく計算することが勝利につながる。

圧倒的に力量に差がある場合は、それでも相手に勝てない。そういう場合は、妥協するか、まずは撤退して力を養うまで辛抱するしかない。人生でも潔く諦めることが必要な時もある。自己のカルマを越えた願望は決して成就しない。そこに下手に執着すると「我執」以外の何物でもなくなる。悪いダシャーや大運の時は辛抱し、よい時期までポテンシャルを養っておく。こういう当たり前のことが開運につながるのだ。

鑑定の時に、いろいろ質問される。恋愛結婚、適職転職の時期、相性、浮気不倫、寿命等々いろいろ聞かれる。そんな時、己が努力するべき方向性と己の運の可能性とその限界、そして努力するタイミング或いは退け時を知ることが最も大切である。このことをホロスコープリーディングを通して、その可能性とタイミングを確実に指摘してあげるだけで十分である。もっとも実際にはそこまでいくのも容易な技ではない。相当な努力がいる。占いの鑑定に驚異的な奇跡や当て物を期待する人がいるがそれはちょっと勘違いしていると思う。それを望む人はそれができる占い師のところに相談に行けばよい。

驚異的な当て物や開運法を期待する人は、そもそも己をよく知らない人が多い。そういう人は間違った方向への努力、過剰な期待や願望、明らかに自己の才能や運命の力を越えた野心等々を持ちがちである。そうすると現実の状況が自己の気持ちとそぐわないので、悩みや不満が生じ、占い師の門を叩くことになる。だからその限界を指摘されると一時的には傷つくことがあるかもしれない。しかし己の真の姿を知り自覚していただくためにそう言わざるを得ない時もある。下手なリップサービスはかえってその人のためにならない。そこからくる「気づき」がしばしばその人をピンチから脱却させる原動力になることがある。いわゆる「運のいい人」というのは己のことをよく知っているし、その時々の運気の良し悪しも直感的につかんでいる

長年の鑑定経験でみる限り、たとえば「結婚運がいいか悪いか」「金運があるかないか」はその人の心持ちや努力とは関係ない。頭がいい、真面目である、誠実である、美人である、金持ちである、体が丈夫である、これらは良い結婚のための条件にはなるだあろう。だが、だからよい結婚できるとかできないというものではない。むしろそれ故が為にかえって結婚の障害にすらなることがある。真面目なのはよいが消極的になってチャンスを逃す。美人が故に目標が高くなって選択肢を狭くする。そんな例を、実際の鑑定を通していやというほどみてきた。そういう意味で、人生とは複雑なものだとつくづく感じる。だからこそじゃあどうすればよいのかいうことに対してはいろいろ緻密な作戦、対策が必要になる。それはいわゆる占いによる開運法の次元をしばしば越える時もある。そして最後の判断基準は「常識」である。

周易がよく当たる時というのは、スキルでも直感でもなくて、占的に対する状況判断がよく見えてくる時のように思う。
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自然な開運法(3)〜天の時、地の利、人の和〜

開運のためのポイントは、天の時を得た時に行動する、地の利を得た時に行動する、人の和を得た時に行動するということだろう。逆に言うと、その条件が整っていない時は行動しないということである。ただ行動しないのではなく、じっくりと準備をしていざという時に備えるということだ。まさに孫子の兵法だ。人は天の時を得ない時は、いくら才能があり正義と思ってもそれは通用しない。やることなすこと裏目に出る。地の利を得ないと自分の才能を生かす環境条件に恵まれない。人の和を得ないと変に誤解されみんなの理解も協力も得られない。人とのよき出会いは偶然によることが多いのでこれが一番難しい課題だろう。これは自分の努力だけではどうにもならない。

そして人はあくまで外部環境の運に左右される。外部条件と言うのは国家の運組織の運のことである。こういうことを意識するのも開運を考える上で大切だと思う。日本が高度経済成長期にある時、事業を起こした人は殆どの人が成功していた。普通にやっていれば潰れる会社はなかった。こういう時代は生産は拡大し消費意欲は高いから自然に売上高も利益も増えていった。しかし、今はその逆だ。

会社組織にしても、その会社の事業内容が時代のニーズに合っている時は、少々いい加減な管理をしていてもその会社は伸びる。人々が欲しがる製品・サービスを提供していれば消費者は黙っていても買ってくれる。しかし、何が人々のニーズにあった製品なのかを読むのは難しい。それができれば苦労はいらない。新製品開発などは殆どが緻密な市場調査よりも一人の天才の直感による方がいい結果を生んでいる。これなども運の内である。

この原理をうまく取り込めば、占星術的にいって運の弱い人、いわゆるひどいホロスコープの人でも、ある程度の成功は可能(限界はあるが)だと思う。西洋占星術などでハードアスペクトが多くてお世辞にもよいホロスコープとは言えない人がいるが、そういう人でもでもけっこう成功している人をよくみかける。そういう人の行動パターンを見ていると、プログレッションやトランジットの良い時に行動しているし(インド占星術ならよきダシャー期、四柱推命ならよき大運、年運期)、自分の強み部分で勝負をかけているし、運や才能に関して、異なる人とパートナーシップを組んでいる。

そんな事例を数多くみていたら、悪いホロスコープと言われたからと言って、いたずらに傷ついたり悲観することなどもないし、逆によいホロスコープであっても過度の楽観的になってはいけないと思う。だが、占い愛好者は感受性が強く傷つきやすい人が多いらしく(だから先行きが不安になって占いに頼るのであろうが)、そういう前向きの志向になかなかなれない人が多い。だからできる限り前向きに考えられるような言葉の使い方は鑑定のテクニック上必要だろう。

いつ行動し、どの分野で才能を生かし、どのような人と組めば開運するかを知るためには、ホロスコープをみてあるがままの自分を知ることがなにより大切だ。だから私はいい悪いは割とはっきり言う方だ。でもだからあなたの人生に未来はないという意味では決してない。あるがままの等身大の自分を知ることが開運の第一歩と言いたいだけだ。そこからいろいろの人生対策が始まる。それも占い師が一方的にあれこれいうより、占い師と鑑定客が一緒になって問題を解決することを考えた方が良い知恵が出てくる。健康診断もそうである。健康診断はできる限り正確でなければ意味がない。悪い所があると言われたとしてもそれが即不幸、死を意味するわけではない。そこから健康回復の為の的確な処方をたてる事に意味がある。運命鑑定だってそれと同じだ。でもあるがままを知るというのは欠点も直視することになるのでストレスフルであることは間違いない。そのくらいのことは私だってわかる。だからそれは注意深くやりたい。

悪いホロスコープや命式、名盤と言われても、それを乗り越える強い心をもたなければそもそも開運などありえないと個人的には思うのだが、占いに癒しを求める人はそれが辛口となりつらいものなのかもしれない。占い師がこういうことを言うのは矛盾するが、占いで何もかも解決できると思い込む過剰な占い依存症は禁物である。本人自身自らによる問題解決のための思考放棄をしてはならない。占い師はあくまでアドヴァイザーにすぎない。

上記が私の鑑定の考え方である。それに共鳴していただける方だけが私の鑑定客候補である。いわゆる開運系、癒し系、占い過剰依存系の人は私の鑑定スタイルにあわないかもしれない。詐欺行為というのは事前に何かを過剰期待させることからそもそも生じるものである。そういう過剰期待をもたれないよう、本多占い鑑定室の鑑定理念をあらかじめはっきりさせておきたい。

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自然な開運法(2)〜運の流れに乗る〜
 開運法と言っても、気学、方位、風水、姓名判断、宝石等に頼るのでなく、自らの判断、行動に立脚した開運法についてシリーズで少し述べていきたい。インド占星術では「宝石開運法」なるものがあり、私もこのブログ立ち上げの時、少しコメントした。宝石は適切に用いると確かにある程度の効果はある。しかし、だからと言って積極的に進めるものではない。それにはある前提がある。人生における運の総量は決まっている。本来なきあるものを得ると、必ず本来もっているあるものを代償として失う。これが人為的開運法の原則だ。

前記気学、方位、風水、姓名判断、宝石等に開運効果がないとは言わない。ある程度効果がある事は私もいろいろの事例で確認している。私はけっして風水否定論者ではない。それらを適切に用いれば2~3年間の開運ということは確かにある。しかし、人工的に無理に開運させるとあとで必ずそのつけが回ってくることも事実だ。たとえて言えば、高齢化出産をすれば母体の健康の損傷をある程度覚悟しなければならないのと同じ理屈である。自称「占い師」「霊能者」に騙される人は、努力なしの強欲がどのような禍をもたらすかがよく分かっていない。詐欺師はそこらへんの不安心や射幸心を煽りつけこむ才能をもつ。それはちゃんとチャートに出ている。

一つ断わっておくが、私は、ある宝石はある惑星とこういう形で対応するというをかつてブログに書いた。しかしこれは占星術と宝石という基礎知識の紹介のつもりで書いたもので、これを肯定的積極的に使用することを勧める気はない。インドに行ったら、占星術師から宝石を身につけるように言われたという話はよく聞く。それは当然のことで、占星術師と宝石商人が裏で結託していて、宝石を売るとバックマージンをもらえるしくみがあるからだ。だから占星術師が宝石を身につけるよう勧めるのである。

私はやはり本当の開運法はこういう占術的な人為的開運法ではなく、本人の考え方、心構え、生活態度、行動による開運法がベストだと思う。その一つは、タイトルにある「運の流れに乗る」ということだと思う。四柱推命の命式、西洋占星術のネイタルチャート、インド占星術のラーシチャートは人によってみな異なる。ということは大運、年運、プログレス、トランジット、ハーフサム、ダシャーの訪れ方は人によってみな違うことになる。つまり運の訪れ方には個性があるということである。その個性にうまく立脚するということ、自ら運の動きの変化というものを感じ取ることが開運の鍵になる。それがツキを生むのである。自らの感覚経験だけではおぼつかなければ、命理系の占術をフルに建設的に活用することだ。

プログレス、トランジットの法則のところで述べたように短期的な目先の動きと中長期的動きとは違う。ここをまず冷静に判断する。その時はよいように思っても長い目でみたらよくないことがある。その逆ももちろんある。次が事を始めるタイミングだ。芸能人に不向きでも芸能人で成功している人はいる。結婚運のない人でもちゃんと結婚してうまくいっている人の例はいくらでもある。なぜか。それらの人はみな行動を起こしたタイミングがよいからであう。占術的に言えば、プログレス、トランジット、ハーフサム、ダシャーのちょっとしたチャンスのタイミングをつけばよい。孫子の兵法曰く「兵は拙速を尊ぶ」という。占星術的にみてここぞチャンスという時は、積極果敢に機敏にうってでるとよい

但し、欲張りは禁物だ。前述の如く、命理を越えた成功はない。中国占術では「一に命、ニに運、三に風水」という。人間、身の丈の中で生きることうぃまず心がけなければならない。生きていると嫌なこと苦手なことでもやらなければならないことに必ずぶつかる。仏教では人生を四苦八苦怨憎会苦愛別離苦と説く。そういう時に逃げては駄目だ。逃げずに体当たりの努力をするしかない。そういう忍耐辛抱努力も開運のための必要条件となる。インド哲学的に言うと、カルマの克服のために経験しなくてはいけない修行なのだ。インド占星術でなぜ、ウパチャヤハウスに凶星が入った方がいいのかはそこらへんの事情による。

だが苦手を克服する努力とその道で成功することは話が別だ。運動神経の鈍い人、体力のない人、本番に弱い人は運動選手としての成功はおぼつかない。そういう人は、運動選手は潔く諦める。いつまでもぐずぐず未練執着をしないですぱっと諦める潔さも成功には重要だ。撤退することが恥という狭い根性は捨てた方がよい。本人が神より与えられし使命を、或いは過去世の行動の結果としてのカルマを受け入れるしかない。それより自分が得手とする分野に進むことである。本田総一郎の著書の一つに「得てに帆をあげて」という本がある。まさにその通りである。弱さを克服するのはいいが、それを長所に変えようとする自己開発プログラムや自己啓発は実は我執、妄執であることをよく自覚することも大事なことだ。
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ホロスコープでみる成功者のパターン(3)〜敗者復活戦の勝者〜
人生にはいろいろな成功パターンがある。ホロスコープで見る時、いわゆる成功者のチャートや有名人チャートと一般人チャート、更には落後者、挫折者のチャートには歴然とした差がある。いかにカルマとはいえ、神様と言うのは本当に不平等だな思う事がある。才色兼備、文武両道、万能選手、多芸多才等という言葉があるが、実際にそういう人物はいる。そしてその逆の人もいる。しかし、その逆の人だって人並みに欲望もあれば野心も夢もある。如何に馬鹿とて人並みに生きる権利はあるし、そう簡単に諦めきれるものではない。もしそうでないなら世の中は聖人君子が溢れ出ているだろう。

親鸞聖人はその昔「悪人正機説」を唱えて、悪人こそが成仏をすると言われた。その言葉の解釈はここでは述べないが、弱者、貧者、才なき者が人に迷惑かけることなくなんとか成功する方法はないものなのか、ホロスコープにより探ってみた。一つのパターンがそこに発見でいる。それは敗者復活戦の道である。しかし、それとて本人が過大な夢を捨て身の丈の自分を素直に見つめ受け入れる気持ちが必要である。

この場合、敗者復活戦の勝者を以下のように定義しよう。仮に東京大学卒ーキャリア官僚或いは一流企業ー管理職ー経営者という人生コースをエリートコースとすると、大半の人はそのコースからは外れる。人生の初期において家庭環境に恵まれず教育を受けられない者、勉強のできない者はまずここで脱落する。彼等が人生に勝利する道はハングリースポーツの選手、芸能人、職人になることだ。順調にサラリーマン生活を送っていた者が、病気、冤罪、陰謀、試験、リストラ等で挫折すると次の人生で勝利するにはどうするか。新興宗教の幹部、労働組合の幹部、独立自営業、コンサルタント、そして占い師として成功することしかない。相撲取りが挫折したらちゃんこ料理の経営者、オペラ歌手が声帯を壊したらポップシンガー、スポーツ選手が一流になれなければスポーツコメンテーターとしての成功を目指すことになる。人によってはその夢を外国で託す人もいる。世に言う「美人占い師」ももとはと言えばタレントだった人が多い。

私はそれでいいと思う。よく言われることだが主役だけで芝居はなりたたない。3枚目、通行人A,B,C,メイク、衣装、照明、演出、営業宣伝の役割を果たす人がいて芝居は成り立つ。それはどの職業分野でも同じだ。それぞれの職分を果たせばそれでいい。

飯島愛
減衰、ドゥシュタナ凶星在住のホロスコープ

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     成功のタイミング

上図のホロスコープをみてみよう。重要といわれるラグナハウスに在住する惑星(太陽)が減衰している。よくないといわれているドゥシュタナハウスに凶星が在住している。8室に土星、12室に火星がありしかも2,7のダブルマラカ支配である。そして12室の金星は減衰している。どうみても恵まれた人生ではない。実際にこの人の人生はすざまじかった。こう言う人が生きていくには、世の中で「異端」「異色」と言われる分野、或いは脇役、裏方としてその才能を活かす道を歩むことが一つの生き方の方向性である。それは善悪や優劣の問題ではない。あとは人生のタイミングをよく活かすことだ。こういう人にも成功の時期はある。この人は2000年のダシャーをみると、アンタラダシャーの土星は、アセンダントからみて4,5支配であり、太陽からみて9,10支配となる。人生における絶好のチャンスである。実際にこの人はここで出版した本が第ベストセラーとなり一躍有名になる。ここで奢ることなく本格的な作家修行をすればよかったと思う。

よくないホロスコープを持っている人は、一時的成功の時におごってはいけない。「勝って兜の緒を締めよ」という諺は、こいううよくないホロスコープの持ち主の為にある。成功の頂点にある時こそ、次なる対策を考え打つ必要がある。ところが悪いホロスコープの人はこれができない。不幸な人生を歩んだ割にはどういうものか人生に対する甘さがある。厳しい自己認識ができない人が多い。だから不幸になるのだが、これもカルマということになる。それ故にこそ成功の為には、人生の指針について優れたグルについて修行することが必要になる。これは単なる道徳の問題ではない。
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ホロスコープでみる成功者のパターン(2) 〜一点集中型〜
 そつのない全方位型のホロスコープの持ち主が成功者のパターンの一つであるのに対して、他にはたいして優れた所はないのに、ある一点が際立って優れたいる場合も成功者のパターンとなる。

経営戦略論の中に、有名なランチェシター戦略というものがある。その中でも「弱者の戦略」というのが特に参考になる。即ち弱者が強者と戦わざるを得ない時、その戦力を一点に集中させて、巨大な敵と総合戦ではなく局地戦を挑むというものである。そうすればある一点においては弱者でも強者に勝利することができるというものである。ある一点が際立って優れた人の成功パターンとは例えて言えばこのようなものである。

小泉
一点集中型のホロスコープ

小泉今日子ダシャー
唯一の結婚のチャンスのダシャー期

この人はヨガの数は少ないが品位のよいハウスに集中してできている。従って、その徳やエネルギーを人生において効率的に活用できる。ラグナハウスにおいて金星は5,10支配、水星は6,9支配でここにラージャヨガができる。そしてここに生来的吉星の木星がアスペクトしている。この人が幸運のヨガができているのはトリコーナ&ケンドラハウスである1室だけである。それでも人生において成功している。

結婚についても同じようなことが言える。結婚と縁のある惑星、即ちアセンダント、太陽、月、金星からみた7室には一つも惑星がない。でもこの人はちゃん結婚している。1995年の水星期である。水星ー水星期は、アセンダント、太陽、金星はいずれも7室にアスペクトしこのハウスを刺激している。そこに更にMDラグナである水星も加わり7室にアスペクト集中が起こっている。なるほど、この時期に結婚する筈である。
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