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ダライラマ14世の横浜法話を聞く
6月26日に、来日しているダライラマ14世の法話を聞きに横浜まで行った。会場には1万人の以上の人がいて、チベット仏教に興味関心のある知人達もいる筈なのだが見つからなかった。これだけ人が多いとちょっと探すのは無理だろう。参加者は日本人だけでなく、韓国、台湾、中国、モンゴル、チベット、インド、アメリカ等々多数の国々の人々がいた。やはりダライラマ法王は国際的存在なのだ。チベット仏教では、チベットの国土と衆生は「観音菩薩の所化」と位置づけられ、ダライ・ラマはその観音菩薩の化身とされている。

ダライラマ

午前中はダライラマ法王が属するチベット仏教ゲルク派の「縁起賛」の話をしていただいた。あまり詳しい事は知らないが、もともとは大乗仏教経典の「般若経」が説く空観の教えを、チベット仏教が更に洗練された内容に仕上げたものと理解している。それをとても分かりやすい言葉で説明してくれた。すべての生きとし生きるものは一人で生きているのではなく、相互に依存しあうことによって生きていると言う事を何度も説かれていた。お互いに依存しあって生きていることを智慧のレベルで理解することの大切さと強調していた。他人の苦しみは我が苦しみということを心の深いレベルで理解すれば、人は利他を想いやる「菩提心」をもつことができるのだと言っておられたように思う。

午後からインド、韓国、台湾、チベット、モンゴル、日本の僧侶の方々が、般若心経の声明のパフォーマンスをしてくれた。やはりそれぞれがお国ぶりが出ているように感じた。ダライラマ法王もとても興味深げにきいていた。これを聞いていて、明治の昔、岡倉天心が「アジアは一つ(Asia is one)」言った有名な一説を思いだした。東アジアの国々は仏教という文化遺産を共有しているんだなと改めて思った。

私はサンスクリット語を少しかじったことがあるので、インド人僧が唱える般若心経の一説を少しだけ理解できた。シャリープトラ(舎利子)とかガーテガーテパラガーテパラサンガテボーディースワーハと言う個所はよく聞きとれた。漢訳すると羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶のあたりだ。圧巻だったのは日本の真言宗豊山派の僧侶による般若心経の声明で、法螺貝、拍子木、和太鼓が動員されての演奏だった。白装束の舞台中央の僧侶が「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」と朗々とした声でまず第一声を発した。この人に声楽を習わせたらさぞかしいい声で歌うだろうなと思わせるような朗々とした響きだった。和太鼓を叩きながらの声明は実に迫力があり、臍下丹田からエネルギーがほとばしるようだった。よくオーラを感じるという表現があるが、まさにそれだった。

午後の講和は「愛を高める方法」と言う話だった。神への信仰に基づく愛、無神論の説く因果の法則に基づく愛、世俗的倫理観に基づく愛と、愛の種類を3つに分けてそれぞれ説明しておられた。愛情は執着と混じっていることがよくある。その根底にあるのは偏見である。育てるべき愛情は偏見のない愛情なのだ。それは知恵に支えられてこそ始めてもつことができる。人は誰でもそのような仏性の種を心の奥に宿しているものなのだ。このようなことをいろいろな例をとりながらわかりやすく説明しておられた。なかなか有意義な1日であった。

チベット仏教は話を聞いているとなかなか論理的だと思う。世界中の人がチベット仏教に心惹かれるのもこうした点なのだろう。いくら中国の独裁政権が弾圧してもこうした人類の普遍的遺産を葬る去ることはできないと確信する。

仏教は本来穏やかな宗教で争いを好まない。だがこの平和愛好の仏教も、かつてイスラム勢力によって滅ぼされかかった時がある。この時、仏の法灯を守るためには鬼夜叉になっても戦い抜けいう戦闘的な内容の経典が生まれた歴史がある。憤怒尊もこの頃生まれている。チベットの仏教徒は現在同じような心境にある筈である。ダライラマ猊下は穏やかな性質の人格者なのでなんとか平和的に問題を解決したいと望んでおられるだろう。だが、法王の死後はどのような事態なるか誰も知らない。法王の方針である中道路線が継続されることが望ましいが、鬼夜叉となって中華帝国主義者と闘うチベット人も出るかもしれない。

ところで話のついでにダライラマ猊下のホロスコープについて詳しくは又の機会に譲るとして、今回は簡単に見てみたい。

ダライラマ14世
ダライラマ14世のホロスコープ

ダライラマ猊下のホロスコープの特徴は、まず1室水星がバドラヨガになっていることである。この方は意外なくらい新しもの好きであり、内外の状況変化に対する適応力が高い。世間知らずの田舎坊主ではない。当然、語学も達者である。

それから1室、5室、9室のダルマトラインの数が多いことも特徴としてあげられる。これは何らかの思想や志しを人生において優先させる生き方をする人物の特徴である。言うまでもなくダライラマ猊下は、チベットの自治権の獲得、チベット仏教の普及という高い志をもって生きてこられた方である。

それと8室、12室のドゥシュタナハウスがトリコーナハウスとコンビネーションを組んでドゥシュタナの悪い要素を軽減している。9室土星は8,9支配であり8室の悪い要素が減っている。同様に、金星は5,12支配であり12室の悪い要素を減らしている。ドゥシュタナの悪い要素がトリコーナによって昇華され、高い精神性、霊性のレベルまで引き上げられている。これは聖者に出るホロスコープのパターンである。その意味ではダライラマ猊下は聖者に列されてもおかしくない方である。
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チベットフェスティバル〜砂曼荼羅の魅力〜
1203年に、東インドの密教の最後の根本道場だったヴィクラマシラー寺院が、イスラム勢力によって破却された。そして多くの僧尼が殺害された。それをもって、通常はインド仏教の終焉とみる。一応それがインド仏教史上の常識”になっている。これに対して、中村元博士は疑問を呈している。実はそれ以前から仏教は民衆離れをおこしていたのではないか、言うのである。仏教は合理的で抽象的な哲学思考をもっているが、そのことがインドにおいて仏教衰退の原因になったというのである。分かりやすく言えば、当時のインドの民衆は、深遠な仏教教義よりも、ガネーシャ像を拝んで現世御利益を期待する方に興味があったいうことである。

インド仏教最後の拠点ヴィクラマシラー寺院が破壊された時、多くのインド人僧がチベットに逃げた。そして彼等はチベットで布教を行ったのである。サンスクリット語の密教経典は長い時間をかけて、チベット語に正確に訳された。こうしてインド仏教直系の仏教の後期密教は、チベットにおいて途絶えることなく受け継がれたのである。これがチベット密教の大きな流れである。インドで滅びた仏教の正統な後継者は「チベット密教」なのである。空海の伝えた日本の密教はインド前期密教であり、チベットのそれとは共通点もあるが、違う点も多い。実際、「般若心経」の解釈などかなり違う。

その話はともかくとして、先日「チベットフェスティバル」という催し物に行ってきた。始めに、チベット僧の法話を聞き、次に「砂マンダラ」の製作場面を見学し、最後に声明に耳を傾けた。特に興味を引いたのは砂曼荼羅である。

「曼陀羅」とは何だろうか。それはサンスクリット語मण्डलの音を漢字で表わしたもので、漢字自体には意味はない。मण्डलの意味は、मण्ड mandaraは「本質、真髄、エッセンス」などの意味を表わし、ल laは「もつ」の意であって、मण्डलとは「本質をもつもの」の意味となる。

曼荼羅
胎蔵界曼荼羅

「曼荼羅 」とは通常、仏教の世界観を表現した絵画等のことを指す。その中でも狭義には密教曼荼羅を指す。いろいろな曼荼羅があるが、全ての曼荼羅に共通する要素は、(1)複数の要素(尊像など)から成り立っていること、(2)複数の要素が単に並列されているのではなく、ある法則や意味にしたがって配置されている、ということがあげられる。密教系の絵画でも、仏像1体だけを表わしたものは「曼荼羅」とは呼ばない。「曼荼羅」と は、複数の要素がある秩序のもとに組み合わされ、全体として何らかの宗教的世界観を表わしたものと要約できるであろう。曼荼羅は仏教美術の精華とも言うべきもので、神秘にして豪華絢爛たる魅力に溢れている。

砂マンダラ2
砂曼荼羅1

曼荼羅には、砂、板(タンカと呼ばれる)、立体、前兆、本身の5種類がある、砂曼荼羅とは、それを砂で制作するものである。大理石を細かく砕いて紅で色をつける。その際13の色を使用する。砂曼荼羅では、中心部に仏の本身、仏の持物、仏を代表する真言/マントラのどれかが描かれる。砂をもちいる場合は、仏の本身を傷つけることなく描き切ることは難しい為、通常は蓮華の花等が描かれる。私が見た時は、真中に千手観音のシンボルが描かれたいた。すべてのチベット僧が曼荼羅制作の修行をするそうで、砂曼荼羅はその中の優れた描き手によって作られる。昔は、こうした制作過程が公開されることはなかったという。

砂マンダラ1
砂曼荼羅2

こうした砂曼荼羅は、3〜4日かけて、何人かの僧によって丁寧に精密に作り上げられる。完成した砂曼荼羅は実に神秘的で美しい。しかし、一定の行事が済むとすぐに壊されてしまう。見学者から「なぜすぐに壊すのか?」という質問があった。チベット僧が答えていたが、インドでは家を建てる時、土地供養をしてそれぞれの神々を祭る時に制作するそうである。神々を土地に招いてその一時的住まいとして曼荼羅がつくられる。その供養が終われば、神々は天に帰る訳だから、もはや曼荼羅は不要になる。だから壊すのだそうだ。それとどれほど美しいもの、素晴らしいものでも永遠ということはない。つまり諸行無常だ。そういうことに対する執着を断つためにも、砂曼荼羅を壊すそうである。

私はこのような深い精神文化をもつチベット文化をぜひ守りたいと思う。私は特に反中でも反共でもないが、チベット民族とチベット文化を破壊する中国政府には、この一点をもって大いに反感をもっている。他国が外部から中国の分裂を策するなら「分裂主義」と言うこともできるだろう。しかし、チベット人自身が自らの文化と民族を守りたいと言うのなら、何人といえど、これを妨害することはできない。チベット人には民族自決の権利がある。日本政府が腰が引けて言えないのなら私が言う。(私が行った所で犬の遠吠えにすぎないが)「漢民族はチベットから出ていけ。侵略者には仏罰を与えよ」と。

「歴史を直視する」と言うのなら、日本の中国侵略のことだけに話を限定するのはおかしい。中国自身も文化大革命、天安門事件、諸民族の弾圧虐殺、人権の抑圧、賄賂文化の放置等々、自らの不都合を隠蔽してきた歴史を又、同様に直視するべきである。
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チベット占星術(2)〜世界で一番難しい占術〜
私が占星術を教えている教室に、チベット文化に明るい女性が参加してきた。彼女はインド、ネパールでの滞在が長く、チベット難民にとって大変感謝される仕事をしてきた人だ。ダライラマ14世に直接会った数少ない日本人でもある。ホロスコープをみると確かに巡礼を表す9室によき象意が出ていることが分かる。それかあらぬかで講義後の談話で、すっかりチベット問題やチベット文化についての話でもちきりになった。私は最近どういうものか、こういう本物のスピリチュアリティをもつ人と会う機会が増えている。まことに喜ばしいことである。おそらく私が月のダシャー期に近づいているからであろう。

帰宅後、久しぶりで「チベット占星術」の本を開いてみた。「チベット占星術」の本と言っても英語の本である。現状では英語のチベット占星術の本もそう多くはない。それも理論紹介に終わっていて、実占い例はほとんどない。チベット占星術がインド占星術のようにどんどん英語に翻訳されてくれば研究の余地はあるだろう。インド占星術ならインドに行かなくても、インド人占星術師につかなくても良質の英語文献に当たれば十分に学習は可能だ。しかし、もしチベット占星術を本当に学ぶのなら、現状ではチベット僧から直接習うか、チベット語をマスターしない限り無理だろう。しかし、チベット語を今から習うというのも、あまりにも人生における効率性を欠く。

それはともかく、チベット占星術の本を読むとつくづく難しいと思う。おそらく世界一難しい占術だろう。チベット占星術は大きく3つの要素で構成される。チベットに本来あるボン教にもとづく占術、ナクチィと呼ばれる中国系の占術、カルチィと呼ばれるインド占星術の3部構成である。チベット占星術を学ぶには、中国系占術とインド系占術の両方の基礎が必要になる。普通の能力の人ならどちらかの占術に精通するだけでも一生かかかる。とにかく精通とまでいかなくても両方の占術の基礎が必要とすることは確かだ。占いコンテンツでチベットカーラオラクルと称しているのは、内容的にはチベット土着の浅いレベルの雑占にすぎない。

チベット占星術
易卦Dha(兌)による方位図と吉凶

何よりもチベットの暦法が他と異なる独特のものである。太陽暦、太陰暦ともちがうチベット暦というものがある。これについてはダライラマ法王日本事務所のホームページの中に、チベットの暦法について詳しい事が書いてある。しかも両方の占術ともチベットに入るとチベット風にアレンジされる。もちろん基本部分は変わらない。しかし、よく読むと本場の中国、インドにはないチベット独特の見方も入ってくる。インド占星術もカーラチャクラという密教と結びついた精神世界の要素が強く入り込む。どうもインド占星術で言う「スピリチュアルアストロジー」の要素と思われる。これはインド占星塾で出しているラオ先生のいわゆる「黄色本」の内容でかなり高度なものだ。それから両方の占術が融合された使い方をしている。例えば毎年の干支(中国系)とホロスコープ(インド系)を組み合わせた使い方等がある。

上図はチベット占星術で「パルカス」と呼ばれる八卦を使用した方位図である。易つまり八卦による占いもチベット占星術の中の構成要素の一つとしてある。チベット語で「Dha]は兌為沢の卦のことである。これに下図の八卦の後天定位置版をあてはめている。

後天図
後天図

英語で読む限り、乾兌離震巽坎艮坤の卦象の解釈は普通の周易本の解釈と変わらない。「Dha」(兌)については、五行は金気に属し、喜び、少女、好み、娯楽、色情を意味し、方位は西、季節は秋、色は白色、動物は羊と書かれている。しかし、占法はだいぶ違う。断易ともちがう。中国占術の八宅風水の本命卦のような使い方をしている。その本命卦も固定されておらず毎年変わり、しかも男女でも異なる。本人に該当する卦と方位の吉凶が毎年ちがう。上の方の図は易卦とその年の運勢及び方位の吉凶の両方を表示した図である。

チベット占星術はこのように真に興味深い。しかし、現状では文献の数は限られおり幅広い占法の知識も必要とする。私の知る限りでは、一部のチベット僧だけが秘伝秘儀を知っていると思う。又、公開された所で、並みの占い師では使いこなせないと思う。本当にマスターしたければ気長に取り組んで行くしかないだろう。
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チベット占星術の構成
 占星術というと殆どの人は西洋占星術のことと思っている。インド占星術というものがあると言うと、「へえっ〜」という顔をする人はけっこういる。ましてやチベット占星術ということになるとかなりマニアックでデフォルメされた占星術と思っているようだ。

チベット2
チベット式ホロスコープ

 チベット占星術は、ナクチィと呼ばれる易学(周易ではなく断易に近い)、九星学、干支学等を中心とした中国系の運命学、カルチィと呼ばれるインド系の占星術、それにチベット独自の占断法の3つから成り立っている。図書館で借りた「密伝ラマ占星要門」という本を読むと、カルツィと言っても、インド占星術のナクシャトラにほぼ近い事が書かれている。一方、最近黒門さんが書かれた「チベット占星術序説」という本はナクチィを中心に書かれており、カルチィの部分はほんの触りだけに留まっている。この3つを統合し、ナクチィ、カルチィ、チベット占断法がどういう形で融合し、どういう形で実占が行なわれているのかを紹介している日本語文献はまだない。英語ではどうかと思って探してみたが、現段階では英語でも殆どないと思われる。

 チベット密教とは、原始仏教、上座部仏教、大乗仏教、インド後期密教、それにチベット独自のボン教が集大成されたものである。チベット占星術もそれとよく似た体系のように思う。チベット文化は中国文化とインド文化の融合から成り立っている。でもどちらかというとチベット文化はインド文化により近い。チベット人の心理的距離はインド人に近い。チベットの北のモンゴル文化と同様漢民族の文化とは一線を画するものである。

 インドと中国の占いが合体したとなると、複雑膨大すぎてちょっと普通の人は手が出ない。何しろ中国占術の理論、ナクシャトラの理論だけでも深味があり、勉強するのは一生ものである。単なる理論紹介位ならできるようになるであろう。しかし、実証的裏づけのない占いとなるろかなりてごわい。

 インド文化とチベット文化とは密教を通じて密接な繋がりがある。そういう関係で、チベット占星術に興味があってちょっと齧ってみたのですが、これはちょっと片手間にやれる代物ではないことがよくわかった。やはりインド占星術をまず深めることの方が賢明だろう。

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