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頑張れ!モダンホラリー
モダンのホラリーは吉凶しか分からないが、古典ホラリーはそこに至るプロセスまで深く読めると言う古典占星術家がいる。古典が本当に読めれば細部まで当たるかもしれない。そういうホラリー専門家がこれから輩出してくることを期待する。しかし、それが即、モダンの否定にはつながらない。ホラリーというのは卜占術の一種なのだから、たとえ吉凶だけでも確実に読めるなら素晴らしいじゃないかと思う。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と揶揄される占術業界の現状を考えれば、吉凶が確実に当てられるなら立派なものだ。きっと鑑定客が殺到することだろう。シンプルでも確実に吉凶が読める占いなら活用すればよい。プロセスはネイタルで読んでいけば十分だ。古典に引け目を感じる必要など更々ない。simmple is bestである。

モダンホラリーなどせいぜい当たっても50%位だろう等と嘯いている古典占星術家がいる。何のことはない。要は自分自身の腕が悪いからモダンホーラリーが使いこなせないだけだ。モダン正統の占星術は古典占星術と比べると簡略化されているが、基本スタイルはそう変わっていない。簡略化されている分、それを補って余りあるものが新たに加えられている。外惑星や小惑星の使用、それにハーモニクス、ウラニアン、リロケーション等々の新技法が加わる。むしろ補って余りある情報量がある。それらは近代における天文学の発達やコンピューターの使用により精緻な観測や数値計算が容易に行われるようになった成果である。曖昧な天体観測しかできなかった時代の玉石混合の理論を基礎にする古典派などからとやかく言われる筋合いはない。

占術全般に同様の事が言えるが、卜占に関しては特に占法の優劣より術者の個人技や属人的才能が物を言う世界である。首尾一貫した論理を保持するなら、ある程度までマイルールが通用する分野だ。古典ホラリーだけが群を抜いて当たるわけではないし、それだけが正しいわけではない。実際に古典の実占記事を読んでも、けっこうはずしている。もしJohn Frawleyの「Sports Astrology」を読んで簡単に試合の勝敗を高い確率で当てられるのであれば、人生苦労は要らない。占い師などという因果な商売はさっさとやめて、古典ホラリーを使って競馬競輪やトトカルチョで大儲けをすればよい。だが、そういう話はついぞ聞いたことがない。

Frawleyは時々おかしな発言をする変人だが、「Sports Astrology」を読む限りとても腕はいい。でも、これがよく的中しているのは飽くまで彼個人の属人的要素によるものだ。古典が自画自賛するほどモダンと比べて特に優位差があるとは思わない。周易、断易、六壬、タロット、プラシュナ等々なんであれ、立場や流派がなんであれ伝統を引き継ぐ占法であれば、占法の優劣よりそれを道具として使いこなせるかどうかの方がより重要である。小平の言葉を借りるなら、白猫でも黒猫でも鼠を捕るのがよい猫であり、当たってこその占いである。

こう書いたからと言って古典占星術を否定しているのではない。偏狭な古典原理主義者が嫌いなだけだ。私はよい腕をもっている謙虚で真摯な古典占星術家を何人か知っている。だがその人達には共通したものがある。古典占星術の研究一筋に徹していることだ。一意専心して一つの道に精進している。彼等はあれこれとつまみ食いをしない。つまらない屁理屈もこねない。モダンを批判することによってしか自己の存在感を誇示することができない阿呆馬鹿占い師とはちがう。もっとずっと知的で真摯で謙虚である。

古典占星術は緻密な構成をもっている。普通の能力の占い師なら他の分野の占術にいろいろ手を出していたら、必ず消化不良を起こす。中途半端になるだけだ。古典についてえらそうな理屈を言う事はできるようにはなるだろう(そういう薄っぺらい輩は多い)が、実際のホラリーはできるようにはならない。古典占星術がかなりの習熟訓練と時間を要する分野である以上、当然だろう。よほど徹底して打ち込まない限り、モダンホラリーより優位性があると主張できるような腕には達しない。
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