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ASKAを批判する小向美奈子
ASKAが麻薬所持法で捕まった時、疑惑のある周りの芸能人についていろいろ話したことについて、小向はASKAの事を強く批判している。彼女は警察の取り調べに際して芸能関係の人間の話は一切しなかったというから彼の態度を責めているようだ。そのASKAと小向との関係について、芸能記者から盛んに質問されていた。特別の関係はなさそうだが、この2人は宿曜経でみると面白いことに非常に相性がいい。宿曜の源流は、そこに中国の陰陽五行の影響はみられるものの、インド占星術のナクシャトラと思われる。

この2人の相性をみると、ASKAからみて小向は「親」であり、小向からみてASKAは「栄」である。2人は「栄親の近距離」の関係にあり、宿曜の理論によれば結婚やビジネスパートナーとして申し分ない相性と書かれている。しかし、あまりに近すぎる関係の為衝突が起こりやすくそこから破綻することがままあると書かれている。2人に「覚醒剤」という共通の親和性がありそれがために、お互いに知ってはいけないことを知っているための批判なのかと推測する。

この2人の関係についてはこれからマスコミでいろいろ書いてくるだろから、それまで様子を見ることにしたい。栄親の相性関係を知るのに面白い題材である。
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宿曜の原型〜実は諸説ふんぷん〜
 宿曜とインド占星術の関係はどうなのか、とはよくなされる質問である。実際に調べてみると、インド占星術の考え方、特にナクシャトラやムフルタの考え方が直接日本に伝わったものと思われるものがある。それからもともとインド発信ではあるが中国を経由している内に陰陽五行説や四神等の中国占術の考え方が入り込み、それがまた日本に伝わったものがある。そしてそれが日本に入ってから更に独自の発達を遂げたと考えるのが妥当なところはないかと思う。よく言われる、27宿、28宿もインド占星術で用いるナクシャトラにムフルタで用ちいる星宿を一つ加えたものとする説がるかと思えば、四神対応の28宿とは全く別系統とする説もある。

誰がこれを伝えたかということになると、これまた複数の説がある。一般的には8世紀に不空三蔵というインド人僧侶が主に南インド系の占星術の一部を翻訳して中国に伝えたとされている。そしてそれを真言密教の開祖となった弘法大師=空海が日本に伝えたということになっている。しかしこれも実は諸説ある。不空三蔵はインド人ではなく西域の人である。宿曜のある一部を空海が伝えたことは確かだが、実はその前からある程度は日本に伝わっていた、本格的な宿曜を日本に伝えたのは円仁であるとも言われている。

初期の頃の宿曜は、占星術のホロスコープに相当する12宮、ほぼナクシャトラに匹敵する27宿七曜そして三九の秘法から成り立つ。だから当初の宿曜はけっこう複雑な体系を持っていたようである。それが日本に入ってきてから角宿、参宿等の「宿」の部分だけが残りホロスコープの部分は少なくとも表面からは消えてしまった。その理由は一つは天体観測技術が未熟或いは朝廷の独占物であった為とする説がある。或いは平安時代当時、占いの世界では「陰陽道」と「宿曜道」の対立があり、占いの技術は朝廷、貴族、僧侶の独占物となり秘伝化したものと言われている。それが証拠には高野山や古い密教寺院には密教ホロスコープなるものがちゃんと伝わっている。

いずれにしてこれらは「占い」の技術部分ではなく「占い」の歴史部分である。私見ではこうした部分は歴史学者に任せて、占い師はその研究成果部分の知識をいただくことにした方がよいと思う。占い師、占星術師は歴史学者ではないのだから、この説しかないとかこの考え方はおかしいとか軽率に言わない方がいいだろう。占い師は基本的には仮説にすぎない占術理論=古典(この表現もまた理論重視の人には抵抗がある事は承知している)を実占を通して検証していく立場を貫いた方が賢明だと思う。そうした研究を「後出しじゃんけん」と批判揶揄している意見もみられるが、私は「後出しじゃんけん」にまったく意味意義がないとは思わない。もともと科学的根拠の希薄な占いは、実践を通してしか検証はできない筈である。
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ナクシャトラについての考察(1)〜宿曜経との関係〜
ヴィムショッタリダシャーの所でも書いた通り、このダシャーの計算根拠になっているのは月のナクシャトラ(月の星宿)である。ナクシャトラはギリシャ占星術がインドに伝わる前にすでにインドに存在していたインドオリジナルの占いである。インド占星術の起源をどこに求めるかについてはいろいろ議論が分かれていて、ホロスコープも含めてすべてインド起源であると主張するインド人占星家もいるが、ここの本題ではないので、この話しは別の機会にしたいと思う。

インド占星術の影響を強く受けていると思われる中国系占術として、宿曜経、七星四余、紫微斗数等が挙げられる。もちろんそこには他の要素の影響も入っている。

いずれにしてもナクシャトラはインドにもとから存在する古い占星術の体系である。日本には中国を通して「宿曜経」という名称で入ってきている。宿曜にはナクシャトラ以外の要素も入っているが、ナクシャトラの中国的変化部分がその主要な要素を占めていることは間違いない。空海とその弟子円仁が主に伝えたものである。そのためか真言宗を始め天台宗、日蓮宗等密教を行う宗派では古来より宿曜が檀家への相談事等でよく用いられている。ホロスコープについても密教寺院では星曼荼羅という形でも伝わっている。羅喉、計都という言い方は明らかにラーフ、ケートゥを意味するものである。しかし、日本ではホロスコ−プの使用は早い内に廃れてしまい、月の星宿だけが使用されるようになった。要するに宿曜の内「宿」の部分だけが残り「曜」の部分は使用されなくなってしまった。

ナクシャトラ
12サインとナクシャトラの関係

それではナクシャトラ=宿曜経かというとそうではない。ナクシャトラは純粋太陰暦で計算するが、宿曜は太陽太陰暦を基本として計算する。そのために個人の月の星宿の位置がずれてきて必ずしも一致しない。おそらくインドから中国に伝わった時点で中国化されたものだろう。普通、宿曜経は27宿と称されるが、中国ではこれと別系統で28宿と称するものも存在する。インド占星術でも通常は27ナクシャトラであるが、ある流派では28ナクシャトラにしているところもある。この話しもここで話したい趣旨ではないので論じるのは又、別の機会に譲りたい。

そういう訳で理論的には、アシュヴィニーは婁宿、バラニーは胃宿、クリティカーは昴宿に対応するのであるが、実際の暦では一致していない。ヒンドゥー暦と中国の太陽太陰暦とでは同じ日でもナクシャトラと月の星宿は一致していない。そういう意味では宿曜経=インド占星術の一部とは言い難い。インド系中国占星術という言い方が正しい。ただそこに用いらている相性や日の吉凶の見方はインド占星術の「ムフルタ」の理論の中で述べられている技法とほぼ一致する。そして不思議なことに宿曜経は計算の拠り所がちがってもその範囲内であればよく当たると思う。

相性や日の吉凶の範囲内ならよく当たると言ったが、日本で行われている宿曜がその範囲を出ないことが問題なのである。インド占星術の一部を構成するムフルタのその又一部だけが、日本では使用されている。インドオリジナルのナクシャトラの本を読むと、もっと複雑でもっと深い読み方をする技法に溢れている。単純な日めくりカレンダーの内容ではない。しかし今のところナクシャトラと言うと「相性占い」とヴィムショタッリーダシャーの計算根拠位にしか思われていないのは残念である。実は知識の宝の宝庫として眠っている状態である。私もこれから本格的なナクシャトラ研究をしていきたいと思っている。
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