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チベットフェスティバル〜砂曼荼羅の魅力〜
1203年に、東インドの密教の最後の根本道場だったヴィクラマシラー寺院が、イスラム勢力によって破却された。そして多くの僧尼が殺害された。それをもって、通常はインド仏教の終焉とみる。一応それがインド仏教史上の常識”になっている。これに対して、中村元博士は疑問を呈している。実はそれ以前から仏教は民衆離れをおこしていたのではないか、言うのである。仏教は合理的で抽象的な哲学思考をもっているが、そのことがインドにおいて仏教衰退の原因になったというのである。分かりやすく言えば、当時のインドの民衆は、深遠な仏教教義よりも、ガネーシャ像を拝んで現世御利益を期待する方に興味があったいうことである。

インド仏教最後の拠点ヴィクラマシラー寺院が破壊された時、多くのインド人僧がチベットに逃げた。そして彼等はチベットで布教を行ったのである。サンスクリット語の密教経典は長い時間をかけて、チベット語に正確に訳された。こうしてインド仏教直系の仏教の後期密教は、チベットにおいて途絶えることなく受け継がれたのである。これがチベット密教の大きな流れである。インドで滅びた仏教の正統な後継者は「チベット密教」なのである。空海の伝えた日本の密教はインド前期密教であり、チベットのそれとは共通点もあるが、違う点も多い。実際、「般若心経」の解釈などかなり違う。

その話はともかくとして、先日「チベットフェスティバル」という催し物に行ってきた。始めに、チベット僧の法話を聞き、次に「砂マンダラ」の製作場面を見学し、最後に声明に耳を傾けた。特に興味を引いたのは砂曼荼羅である。

「曼陀羅」とは何だろうか。それはサンスクリット語मण्डलの音を漢字で表わしたもので、漢字自体には意味はない。मण्डलの意味は、मण्ड mandaraは「本質、真髄、エッセンス」などの意味を表わし、ल laは「もつ」の意であって、मण्डलとは「本質をもつもの」の意味となる。

曼荼羅
胎蔵界曼荼羅

「曼荼羅 」とは通常、仏教の世界観を表現した絵画等のことを指す。その中でも狭義には密教曼荼羅を指す。いろいろな曼荼羅があるが、全ての曼荼羅に共通する要素は、(1)複数の要素(尊像など)から成り立っていること、(2)複数の要素が単に並列されているのではなく、ある法則や意味にしたがって配置されている、ということがあげられる。密教系の絵画でも、仏像1体だけを表わしたものは「曼荼羅」とは呼ばない。「曼荼羅」と は、複数の要素がある秩序のもとに組み合わされ、全体として何らかの宗教的世界観を表わしたものと要約できるであろう。曼荼羅は仏教美術の精華とも言うべきもので、神秘にして豪華絢爛たる魅力に溢れている。

砂マンダラ2
砂曼荼羅1

曼荼羅には、砂、板(タンカと呼ばれる)、立体、前兆、本身の5種類がある、砂曼荼羅とは、それを砂で制作するものである。大理石を細かく砕いて紅で色をつける。その際13の色を使用する。砂曼荼羅では、中心部に仏の本身、仏の持物、仏を代表する真言/マントラのどれかが描かれる。砂をもちいる場合は、仏の本身を傷つけることなく描き切ることは難しい為、通常は蓮華の花等が描かれる。私が見た時は、真中に千手観音のシンボルが描かれたいた。すべてのチベット僧が曼荼羅制作の修行をするそうで、砂曼荼羅はその中の優れた描き手によって作られる。昔は、こうした制作過程が公開されることはなかったという。

砂マンダラ1
砂曼荼羅2

こうした砂曼荼羅は、3〜4日かけて、何人かの僧によって丁寧に精密に作り上げられる。完成した砂曼荼羅は実に神秘的で美しい。しかし、一定の行事が済むとすぐに壊されてしまう。見学者から「なぜすぐに壊すのか?」という質問があった。チベット僧が答えていたが、インドでは家を建てる時、土地供養をしてそれぞれの神々を祭る時に制作するそうである。神々を土地に招いてその一時的住まいとして曼荼羅がつくられる。その供養が終われば、神々は天に帰る訳だから、もはや曼荼羅は不要になる。だから壊すのだそうだ。それとどれほど美しいもの、素晴らしいものでも永遠ということはない。つまり諸行無常だ。そういうことに対する執着を断つためにも、砂曼荼羅を壊すそうである。

私はこのような深い精神文化をもつチベット文化をぜひ守りたいと思う。私は特に反中でも反共でもないが、チベット民族とチベット文化を破壊する中国政府には、この一点をもって大いに反感をもっている。他国が外部から中国の分裂を策するなら「分裂主義」と言うこともできるだろう。しかし、チベット人自身が自らの文化と民族を守りたいと言うのなら、何人といえど、これを妨害することはできない。チベット人には民族自決の権利がある。日本政府が腰が引けて言えないのなら私が言う。(私が行った所で犬の遠吠えにすぎないが)「漢民族はチベットから出ていけ。侵略者には仏罰を与えよ」と。

「歴史を直視する」と言うのなら、日本の中国侵略のことだけに話を限定するのはおかしい。中国自身も文化大革命、天安門事件、諸民族の弾圧虐殺、人権の抑圧、賄賂文化の放置等々、自らの不都合を隠蔽してきた歴史を又、同様に直視するべきである。
この記事のリンク | チベット占星術 | comments(2) | trackbacks(0) | top↑ |
コメント
良く勉強されておりますね。
時間ができましたら福島の山の中に来ていろいろと教えてください。
砂マンダラも(不謹慎ですが)展示中です。
| 半度人 | 2009/06/25 9:44 AM | top↑ |
ありがとうございます。時間がある時にそちらまでお邪魔したいと思います。
| 本多信明 | 2009/06/25 11:52 PM | top↑ |
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